先生vs.コロナ~終戦Xデーまであと★日~

東京の私学の先生がコロナ禍に置かれた教育現場でなんとなく奮闘する物語です。

先生vs.コロナ~終戦Xデーまであと★日-49~

みなさん、こんにちは。

昨日と今日、自分で自分を褒めたいできごとがありました。

ある急な仕事がふってきて、それを2日間でひととおり解決してカタチにしました。

正直、思うところがありすぎる仕事で、「何のためにこれをしているのか?」見出しづらい仕事でしたが、「生徒ファースト」という思いと「自分の糧になる」という2つの目的を見出した途端、楽しんでできるようになりました。しかし、フルスロットルでやりすぎていまお昼ですが、すでにガス欠気味です(笑)

このブログを書いた後は、のんびりランチがてらマインドフルネス瞑想をして、午後からの業務をまた楽しんでやりたいなぁと思います。

 

さて、このある急な仕事をしていて、ひとつ感じたことがあります。それは「みえる化」、つまり今で言うと「ロードマップ」の作成とその共有がものすごい大切だということです。私はどちらかというと自他ともに認める情報通で、比較的学内の動きや学外の動きに対して敏感ですし、情報が入ってきます。そして、情報が入ったとたんにいくつかの想定と準備をする、たとえばある事柄に対してA案・B案・C案の3つの案くらいはイメージをして物事に臨むほうです。そして、ある意味最悪のケースを想定しながらも、おそらくこのあたりで落ち着くだろうという案を中心に行動する、そうするとどういう状況になってもそう慌てなくても大丈夫ですし、ストレスマネジメントもできてしまいます。

ただ、この「ロードマップ」はまさにこのwithコロナの時代だからこそ、しっかりと作成されたほうが良いし、きちんとかかわるすべての人に共有されたほうが良いと思います。実は先日、あまり情報が入ってこない人から、「ものすごいストレスフルで不安だ」という話をもらいました。情報通の私ですら、正直普段よりもストレスは抱えやすいですし、みえない未来に対して不安に感じることはあります。だからこそ、このように「ロードマップ」が見えない、また自分で描けない人は本当にこの時代暗闇の中、手探りで生活をしているような状況なんだろうと感じています。もちろん、社会情勢が一日ごとに変化する事態ですから、なかなか先のことまでロードマップを示せない、そういう人の気持ちはよくわかります。でも、変更しても良いからこそ、ある程度のロードマップをきちんと「みえる化」することが、実は一番の心への安心感をもたらすのではないかと感じています。

私は今回急にふってきた仕事で、この2日間で10種類以上の資料を作成することになりました。そして、そちらのほとんどをあえて職員室で「みえる化」して、その状況をみなさんに共有することにしました。きっとみえてしまったことによりさまざまな賛否両論が巻き起こることも覚悟のうえです。ただ、知らなくて物事が進んでしまうよりも、きちんとしる機会をつくって、そのうえで少しでもみなさんの不安や心配をなくすために行いました。自分が仕事をしたことを自慢したいわけでは決してありません。ただ、いかに一つの組織として大事な事実を共有していくのか、「共有が強要」にならないように気を遣いながら、このような社会情勢を一組織がグループではなくチームとなって乗り切っていきたいと思います。

 

みなさんの組織(職場)はグループですか?チームですか?

みなさんの組織の風土は「みえる化」ですか?「みせない化」ですか?